タカコ日記

猫3匹と暮らしています。2018年11月17日、末っ子のサヴァが慢性腎臓病と診断されました。2019年3月17日、皆と上手にお別れをしてから旅立ちました。

2019年 3月17日 サヴァの最期 ※亡くなるまでの詳細が綴ってあります。ご注意ください。

ご無沙汰しておりました。

サヴァが亡くなって早くも1か月ほどが過ぎてしまいました。

だんだんと気持ちも落ち着いてきたものの、ふとした瞬間に涙が出てきて、涙って枯れないのかなと思う今日この頃です。あの子がいた時間からこれからどんどん離れていくのかと思うと、それさえ寂しい気持ちです。

でも、少しずつ元気になって来ています。時間薬とはよく言ったものです。

 

時間軸があっちへ行ったりこっちへ行ったりで混乱すると思いますが、記憶が薄れていかないうちに記録しておきたいので綴ります。

痙攣の事など、目にしたくない記述もあると思いますので、ご理解いただける方のみお読みいただけると幸いです。

 

 

 

 

 

【サヴァの最期】

サヴァの最初の痙攣が始まってから息を引き取るまでの経緯を記しておきます。

詳細を書くのは迷ったのですが、私自身、他の猫ちゃんの闘病ブログで腎不全の猫ちゃんの看取りの詳細を知っていたおかげで、動揺しながらも冷静でいられる部分がありましたので。

 

3月17日

午前0時5分 

最初の痙攣が始まる。

カッという声を上げて横になったまま首をもたげて、口を開き首を振る。

最初は昨日から何度かあった、朦朧としている中でたまに覚醒して口内炎を痛がる仕草かと思ったが、それとは様子が違う。

前足が犬かきをするようにもがいていた。※気づかなかったが、母曰くしっぽが興奮時のようにボワッと膨らんでいたそう。

正味10~15秒ほどのことだったが、動揺していたのでもっと長く感じた。

衰弱して低体温になっているせいか、痙攣そのものが弱弱しく静かだった。

 

午前5時

しばらくウトウトしてしまったが、サヴァを見るとかけてあったバスタオルがずれていないので、この間痙攣は無かったようだ。お腹が動いているのを見てホッとする。

私が目が覚めて1~2分ほどして(恐らく)2回目の痙攣が来た。

この痙攣が治まると、それまで目が虚ろだったサヴァの目が元気な時のように開いていることに気付いた。

自分も横たわりながらサヴァの冷たい手を握っていたが、その上にもう片方の冷たい手が触れる。

(ニャー)

と、声にならない掠れた声で私の顔を見ながら鳴いた。

この(ニャー)が、サヴァの生涯最後のニャーだった。

薄明りの中、黒目がちの可愛い顔で冷たい手を握って聞いたこの(ニャー)を私は生涯忘れないと思う。

 

時間が経ってからも、これが『苦しいよ、何とかして。』だったのか、『バイバイ』だったのか、何だったのか分からない。自責の念があるのでどうしてもネガティブに考えてしまう。

母は『きっと“今までありがとう。”だよ。』と励ましてくれたが、それは私にとって都合が良すぎないか。

握りしめた手に力が入りすぎて嫌だったのか、しばらくするとサヴァは握りしめていた私の手からそっと手を引き抜いていた。

 

午前5時42分

痙攣が起こる。短い痙攣で、すぐに収まった。

敷いているペットシーツを見ると黄色い尿が漏れていて、取り換える。

色々見てきた猫の腎臓病の闘病のブログで、腎臓病だと無色無臭の尿になるのに、亡くなる直前に出した尿は黄色かったという記述を見たことがあり、何とも言えない気持ちになる。

 

午前6時

また痙攣が起こる。メモしていた時間を見ると痙攣の感覚が短くなってきたことに気付く。

痙攣が収まってからしつこく手を握っていたが、スピー スピーという冷たい鼻息が手に当たるのを感じて『よし、生きているな』と寝ころんだまま確認する自分を、こんな時まで怠惰だなと思った。

 

午前6時25分

痙攣が起こる。

寝ころんだまま犬かきをするようにもがくが、10秒くらいで落ち着く。

「サヴァちゃん、もう楽になっていいよ。」「頑張ったね、今まで楽しかったね。お兄ちゃん(ちゃーさん)もお姉ちゃん(みけさん)も皆いて楽しかったね。」「また戻っておいで、ここがサヴァちゃんのおうちだよ。」「たとえ姿が見えなくなっても、いつもサヴァちゃんの事を思っているよ。」

生きているうちに何度でも伝えたいと思って、サヴァが寝たきりになってから何度言ったかわからないけれど、同じことをひたすら繰り返して傍についていた。

 

午前6時39分頃

カッ、カッ、カッという呼吸をしてまた静かになった。

覚醒して口が痛いのかと思っていたが、まだ大丈夫だと思ってしまい、スマホで猫の看取りの仕方なんてものを検索してしまう。

※この3回の呼吸が所謂 息を引き取る だったのだと思います。油断して、スマホなんて見なければ良かったと後悔しています。

 

午前6時42分

 サヴァが呼吸をしていない。

慌ててお腹に耳をくっつけると、心臓の鼓動の間隔が著しく開いていた。

〈最期まで、耳の機能は残っている〉という記述を見たのは人間の看取りの話だったか、猫ちゃんのブログだったか…忘れてしまったが、それがずっと頭にあったので、

サヴァの耳元で「ありがとうね、サヴァちゃんは可愛い猫だよ。偉かったね、大好きだよ。皆いて楽しかったね。美味しいもの食べたね、色んな所行ったね。楽しかったね。」とずっと言い続けて手を撫でた。

それから30秒ほど人間の鼓動よりも開いた間隔の鼓動を聞いて、最期に トン….トトン と鳴り、それきりサヴァの心臓の音は聞こえなくなった。

 

【看取ってからのあれこれ】

「サヴァちゃんの心臓が止まった。」と母に告げた時、意外と頭の中はひんやりと落ち着いていました。繰り返し、色々なブログで頑張った猫ちゃんの最期を見てきたせいかもしれません。

一番初めに心に浮かんだのは、『今日だったか。』という思いでした。

 

「偉かったね、頑張ったね。サヴァちゃん、楽しかったね。」

もう何度言ったか分からないけど、涙でグシャグシャになった顔のまま、体を絞ったタオルで拭いて、ブラシで毛並みを整えました。

尿が出ていたので2回ほどペットシーツを替えて、出なくなってから小さめの籠に、少し体を丸めて、よく気持ちよく寝ているときにしていた顔を隠すようなポーズで寝かせました。

硬直が始まってしまうと、動かせないと色々なブログで知っていたからです。

 

体は冷たかったけど、ここ2日ほどは低体温になっており、冷たいお手てに慣れてしまっていたので、冷たさにはショックを受けませんでした。

実際には淡々としていなかったかもしれませんが、自分の中では『意外と淡々と準備をするんだな』と思いながら行動していました。

 

【この日を選んだのかな】

朝7時頃、姉から『サヴァちゃんどう?』というラインが来ていたので、母がサヴァの最期を伝えました。

姉は近くに住んでいるので、それからさほど時間を置かず、サヴァを可愛がってくれていた姪を連れて来てくれました。

 

サヴァは元々火葬とお葬式はしようと思っていたので、近くの動物用セレモニーホールに連絡した所、明日の14時からなら大丈夫。明日で駄目なら1週間後でないと難しいとのこと。

念の為もう1件別の、これは動物を供養してくれるお寺に連絡した所、そちらは今日の12時半からなら何とか…とのこと。

 

明日なら両親は出席できません。姉は明日も元々休み。私も、取れないことはないのですが流石に先週2日有休を取って、土日を挟み月曜も…というのは気が引けました。

 

疲れてもう何も決めたくなかったので、姉に決めてもらいました。

 

本当は一晩置いておきたかったような気持ちもありましたが、両親が言った『(サヴァは)今日、家族皆で送ってほしかったんじゃないか。』という言葉に納得して、1か月ほど経った今もこの事については後悔はありません。

 

長くなりすぎたので、一度ここで区切ろうと思います。

 

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